’90・8・5-29 — 十戒 — ロードス島にて つづき

そこでたとえこの世代が 我が聖なるみ名を冒瀆し みだりに用いるとしても、それは黒い衣を纏う* まさにこの者たちによって 自由に与えられたからで、悪徳に満ちた、放任主義による。 彼らの目的は聖性と義の根源を破壊し、無法を絶頂にまでいたらせることです ♡ 世代よ…我が再臨の時、こう言わなければならないか: 一人の善人も残っていない、理解している人、私を探し求めている人は誰もいない、と? 安息日を聖とするように覚えておきなさい と求めた、だがあなた方は不潔をもってそれを逆転させ 自らの身体や精神を辱(はずかし)める醜悪な楽しみや習慣によって汚した それは神聖な真理を偽りとして手放し 私に仕える代わりに被造物を拝み それに仕えたからです。 ソドムとゴモラもあなた方の不潔と比べたなら 殆ど無垢で清く見える。 まことに言う、その日には ソドムとゴモラの方があなた方より軽い咎(とが)めで済まされよう、あなた方の殆どは安息日を守っていない、そう、我が掟を守ってはいない … 聖書にはこう書かれてある: 「心を尽くして父を敬い、また、母の産みの苦しみを忘れてはならない。 両親のお蔭で今のあなたがあることを銘記せよ。 あなたは両親にどんな恩返しができるのか?」(シラ書7・27~30) そこで: 父母を敬いなさい という十戒に従うように。 殆どの人がこの掟に従わないと どうしてこれほど多くのあなた方は驚くのか? 愚かで邪悪な考え方によって この子どもたちは道を逸れ 虚しい製品を崇拝するようになり、その霊は幼児期から怠惰の精神に満ちている。 多くの両親は我が霊の あの永遠に尽きない泉を 子どもたちに与えなかった。 英知は昼夜となく彼らを呼んでいた、しかしこの世代は英知を締め出し、そして過ぎ行く日ごとに、あなた方の子どもたちは私へと連なる道からだんだん遠く離れて行った。 たとえ誰であろうと、若くとも年老いていようとも、私を彼らの神として認めるなら、私の面影を反射する、そして愛ゆえに、私に従い 敬うと同じようにして 彼らの両親にも従って行き 敬うであろう。 しかしこの世に適うあらゆることが子どもたちを堕落させ 私のもとに来れなくさせた。 愛が欠けている。 多くの両親は子どもたちが従順でないとこぼすが 私に対しても全く同じようにしている。 おや、彼らは本当に十分善良で、忍耐があり寛容だと言い切れるか? これらの徳をすべて持ち合わせているなら 子どもたちにも従順の徳があり 両親のどちらをも敬うであろう。 しかし言っておく: この世代の精神は空疎なために 暗やみが訪れてそれを満たした。 なぜなら彼らの目には哲学者と映る自分の姿のほうが 永遠に続く我が栄光より重要だからです。 こうして、聖性に欠けているため 情欲に駆られ あどけない若さのうちから出て行って 自分の身体を辱める。
フリーメーソンの分派。