福者ヨハネス23世教皇

ヨハネス二十三世 著『わが祈りの日々』より

一月二十五日 一致のしるし
 キリスト教家族全体は、不幸にしてまだ真理における可見的一致の完成に達していない。だからキリスト・イエズスがその犠牲死の前夜に、天父に熱心に祈願した、この一致の大秘義が成就するように、考えられるすべてをつくす義務ありと、カトリック教会は思っているのである。静かな平安のうちで、キリストのこの祈りと最も密接に結ばれると思って、この平安を味わっている。こうしてこの祈りのゆたかな成果が、同じ檻から分かれてすむものにも及ぶことを思って、心から喜んでいる。いなイエズス・キリストがその教会のためにのぞんだこの一致は、よく観察すると次の三つの光線を放っている。輝く模範として固守されねばならないカトリック相互間の一致、教皇座から分かれたキリスト教徒が再びわれらと結合したいという祈りと情熱的期待とにおける一致、キリスト教以外の諸宗教が、カトリック教会に対して示す尊敬と畏敬との一致、これである。     
一九六二・十・十一 公会議開会の辞

 いろいろ重要な理由があって公会議を開く決心をしたことは、みなさんもご承知の通りである。これは神の聖会、山上の都の異常な光景を現すであろうから、本質的にみれば、キリスト教の名をほこりとしている分かれた兄弟たちを招き、キリストが聖ペトロに託して指導管理させた普遍的檻に立ち帰れるようにする一種の招待にほかならない。     一九五九・四・一の挨拶