'87・11・23

リオンに行って、カトリック神学者と話しました。この方と奥様は私がこの世から離脱していることがよくお分りでありません。私には責任がある、とこの方は言われます。そうです、と私は言いました、けれど神を第一においています、と。でもこの方は、神が私の霊魂までも離脱させて下さったことはお分かりでありませんでした。私の言うことに同意しようとなさいません。(アブラハムも息子を犠牲にする用意があったでしょう?)
小さな者よ 気もふれんばかりに愛している、愛には限界がない あなたにも気がふれんばかりに愛してほしい、その愛を大きくふくらませるつもりです、限界をおかない愛し方で私を愛させよう ♡ 私への忠節を試す* のが嬉しい、私を尊ぶ声を聞くのも嬉しい、さあ今度は私のために犠牲を捧げなさい、だがその犠牲が徒労に終わることはない、自分自身を無条件に明け渡してほしい ♡ 柔軟な態度で 私を喜ばせなさい、子よ 好きなように扱わせてくれるように、霊魂よ、私を決して怖れなくてよい、私は愛**  ♡
 *アブラハムを試されたように。 **神が霊魂の害となることは決して求められないという意味です。
主とともにいたいと望み、死が私にとっては解放でしかないのに 多くの人には 主よ 分かってもらえないみたいです。
愛する者よ 聖となりなさい、聖であり続けるなら 神の愛があなたをさらに高める、恐れることはない 深く愛された者よ、私に倚りかかりなさい、霊魂と心 思いと力を込めて あなたの神を愛し 忠節を尽くすように、あなたのほうに屈んで、霊魂に届こうとしていることを忘れないように ♡♡