聖トマ使徒の祝日、おめでとうございます。

聖体に対する聖トマの祈(アドロテ) 『公教会祈祷文』

 パンの形色のうちにまことにまします隠れ給う天主、今うやうやしく見前に礼拝し奉る。われは主を認むる力足らざるにより、わが心を全く主に従わせ奉る。
 ▲ここに今、見、触れ、味わうところのみにては、これが主なることを認め難けれども、ただ耳に聞けるところによりて確信するなり。われは天主の御子ののたまいしことを、ことごとく信じ奉る。この真理の言葉にまさることは、世にあることなし。
 十字架上にては天主たるの性のみ隠れしかど、ここにては人たるの性も共に隠るるなり。されどわれ二つの性の共にましますを信じ、かつこれを公言し、カルワリオにて悔い改めし盗賊の願いしことをわれもまた願い奉る。
 ▲われはトマの如く御傷を見ざれども、主のわが天主なることを公言してはばからず。願わくは、われをして主をますますあつく信じ、主に依り頼み、主を愛することを得しめ給え。
 わが主の御死去の記念として人に命を与うる活けるパンよ、わが心を御身によりて生きながらえしめ、何時もその甘美なる味を覚ゆることを得しめ給え。
 ▲御血の一滴くをもつてしても、世のすべての罪を償うを得給う主なるイエズス、願わくは汚れたるわれを、御血をもって清め給え。
 聖体の姿のうちに見奉るイエズス、願わくはわが渇するごとく望むところを与え給え。即ち天国においてあらわに主の御顔を見奉り、御栄えを仰ぎて幸いなるを得しめ給え。 ▲アーメン。

外伝

日本二十六聖殉教者の信仰を求むる祈

 主イエズス・キリスト、主は十字架の刑によりて、聖ペトロ・バプチスタ、聖パウロ三木、
およびその他の殉教者をして、主の御鑑みにならわしめ、日本国民の信仰の初穂として、かれらの鮮血を治め給えり。
願わくは、二十六聖殉教者の御取次によりて、堅固なる信仰と迫害に堪うる勇気とをわれらに得しめ給え。 アーメン。

『公教会祈祷文』より

ヨハネ20・11〜18

 そのとき、マリアは墓の外に立って泣いていた。泣きながら身をかがめて墓の中を見ると、イエスの遺体の置いてあった所に、白い衣を着た二人の天使が見えた。一人は頭の方に、もう一人は足の方に座っていた。天使たちが、「婦人よ、なぜ泣いているのか」と言うと、マリアは言った。「わたしの主が取り去られました。どこに置かれているのか、わたしには分かりません。」こう言いながら後ろを振り向くと、イエスの立っておられるのが見えた。しかし、それがイエスだとは分からなかった。イエスは言われた。「婦人よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか。」マリアは、園丁だと思って言った。「あなたがあの方を運び去ったのでしたら、どこに置いたのか教えてください。わたしが、あの方を引き取ります。」イエスが、「マリア」と言われると、彼女は振り向いて、ヘブライ語で、「ラボニ」と言った。「先生」という意味である。イエスは言われた。「わたしにすがりつくのはよしなさい。まだ父のもとへ上っていないのだから。わたしの兄弟たちのところへ行って、こう言いなさい。『わたしの父であり、あなたがたの父である方、また、わたしの神であり、あなたがたの神である方のところへわたしは上る』と。」マグダラのマリアは弟子たちのところへ行って、「わたしは主を見ました」と告げ、また、主から言われたことを伝えた。

     

     カラッチ「墓の前の三人のマリア」
     エルミタージュ美術館 日本聖書協会発行『アートバイブル』より


     

     レンブラント「婦人よ、なぜ泣いているのか?」
     バッキンガム宮殿 日本聖書協会発行『アートバイブル』より

     ☆主の御復活、おめでとうございます☆

☆主の御降誕、おめでとうございます☆

        
       (聖画:レオナルド・ダ・ヴィンチ「岩窟の聖母」1503~1506年頃)

#395 あなたたちの時代のこの暗闇の中に

ベトレへムへの旅 44-1
ベトレへムへの旅 44-2
ベトレへムへの旅 44-3
主イエズスの誕生

羊飼い達の礼拝

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