お詫びと訂正

11月3日発行(第58号)の『信徒通信』預言欄において、誤りがありましたことを、お詫び致します。
主が毎日祈るようにと頼んでおられる三つめの祈りは、
イエスの聖心(みこころ)への信頼のノヴェナです。

'90・7・21
'90・8・5 - 29 -十戒
'90・8・5 - 29 -十戒
'90・8・5 - 29 -十戒
'87・10・30

歴代の教皇方は、聖骸布をどのように見ておられたか?

ガエタノ・コンプリ神父監修『聖骸布の男』より

初代教皇であるペテロ(在位30~64年)は、イエスを包んだ亜麻布を見たと新約聖書に記されています。

レオ13世(在位1878~1903)は、写真家のセコンド・ピア氏から初めて聖骸布を撮影した写真を贈呈されて「写真という技術を通して、新しい時代のために信仰心がおこされるでしょう」。

ピオ11世(在位1922~1939)は、1936年に「トリノの聖骸布はまだミステリーに包まれていますが、信仰や信心を別にしても、人為的に作られたものではないことは確かです。…私は、教皇としてこう言うのではなく、研究した者としてこう言っています」。

パウロ6世(在位1963~1978)は、1976年7月、聖ペテロのミサの説教で、「多くの画家たちがイエスの顔を表現しようとしましたが、私たちはどれを見ても満足しません。神でありながら人間でもあるイエスの神秘な姿を表してくれるのは聖骸布だけでしょう」

ベネディクト16世(在位2005~2013)も、教皇法名を名のる前のラツィンガー枢機卿時代から聖骸布に関心を示していました。1998年6月12日に聖骸布が公開されたときもトリノを訪ね、実際に自分の目で見ています。そして2002年の夏、毎年中央イタリアのリミニ市で開かれる「リミニのミーティング」で…「美そのものであられるイエスは、顔を殴られ、唾をかけられ、茨の冠を被せられました。トリノの聖骸布は、感動的にもこのことを物語っています。あらゆる偽りや暴力を超えるこの傷つけられた顔には、極みに至るまでに愛を示されたキリストの優れた美しさが現されています。(中略)偽りものは、人をだますために自分だけが真理であり、自分以外に何もないと、狡猾な手法を使って見せかけようとします。現代、世界を支配しようとする偽りから私たちを解放してくれるのは十字架にかけられたキリストのイコン(姿の意味)だけです」
 2005年3月には、「トリノの聖骸布は、どれほどこの処刑が残酷であったかを示しています。イエスは、痛みを和らげるために与えられていた飲み物をいただかず、十字架刑の苦しみを完全な意識でお受けになりました。その全身は傷だらけでした。(中略)私たちが思い上がりや快楽を追いたくなるとき、この痛ましい姿、苦しんでおられる神の子の前に立ち止まり、この方に目を留めましょう。私たちが守るべき節度、目先だけを追うことの空しさを悟ることができるためです」

お二人の新聖人は、聖骸布をどのように見ておられたか?

ガエタノ・コンプリ神父監修『聖骸布の男』より

ヨハネ23世(在位1958~1963)は、1962年に第二バチカン公会議の開催にこぎつけた教皇ですが、
1959年、聖骸布研究会のメンバーに向かい「ここに神の業(わざ)がある」

ヨハネ・パウロ2世(在位1978~2005)は、1980年5月13日、初めてトリノを訪れたときに、
「無言ではあるが、非常に雄弁な証人である」。また1998年5月24日、前年に火災があったにもかかわらず聖骸布が公開されたとき、再びトリノを訪れた教皇は、
聖骸布は人間の知性への挑戦です」—人間ひとりひとり(特に学者)が、聖骸布の理性や人生への深いメッセージを謙虚に受け入れるには、努力が要ります。聖骸布から生ずる神秘的な魅力は、私たちにこの尊い布の歴史やイエスとの関係を問いかけますが、これは信仰の問題ではありませんので、教会としてはこの問いに答える立場にはありません。この布が救い主のご遺体を包んだかどうかという問題を解明することは学者に与えられた課題です。教会が望んでいるのは、先入観なしにこの研究に取り組む姿勢です。真の自由を保ち、科学的研究法を注意深く適用し、信仰者の気持ちを尊重しながら研究することです。

聖骸布福音書の鏡です」—この尊い布を考察するとき、4福音書が述べているイエスのご受難やご死去に深い関係があることを無視してはなりません。

聖骸布は人間の苦しみのイメージです」—目先の利益や技術の進歩のみにとらわれている現代人には、この布は兄弟たちが虐げなどにより苦しんでいることを思い出させ、それについて考えさせます。

聖骸布は神の愛と人間の罪のイメージです」—この布は、救い主イエスの死の最終的な原因は何であったかを発見させる手がかりです。

聖骸布は限界のイメージです」—この布は、人間となられた神の子が最期に遂げた死を示すと同時に、死がすべての終わりではないことも示しています。

聖骸布は、沈黙のイメージです」—人は、死の沈黙において語ることはできませんが、この布は、沈黙から真理や命が生まれてくることを示しています。

祝 ヨハネス23世とヨハネ・パウロ2世教皇、列聖

☆「主は、まことに復活された!」アレルヤ (復活節)
'87・7・8

ヨハネス23世教皇ヨハネ・パウロ2世教皇の列聖、おめでとうございます☆
'87・10・23 
'88・3・13

'88・8・3
'88・8・4
'88・8・6

訂正とお詫び

11月13日発行(31号)の『信徒通信』において、誤りがありましたことを、お詫び致します。
11月17日と18日の聖書箇所と、12月8日と9日の聖人祝の欄が逆になっておりました。
最後の校正(見直し)が甘かったことを反省いたします。

訂正いたしました。↓

教皇フランシスコ、世界を聖母の汚れ無き御心に奉献

徹夜礼拝の翌日、教皇フランシスコは、世界を、聖母の汚れ無き御心に奉献なさいました。

1984年のヨハネ・パウロ2世教皇による奉献から、29年ぶりとなります。

祈りのひとときを聖母とともに、徹夜礼拝

去る10月12日、秋田の聖体奉仕会において、ローマ教区主催、新潟教区共催の徹夜礼拝が行われ、
翌13日、国際ミサが捧げられました。

第一部:23時から、聖体礼拝:菊池功司教様によるオープニングスピーチから始まり、聖体顕示式が荘厳に行われました。
聖歌:「アドロテ・オ・パニス

「聖体奉仕会の祈り」を皆で唱える。
 
  ご聖体のうちにまことにおられるイエズスのみ心よ、
  一瞬の休みもなく、全世界の祭壇の上に生けにえとなられ、
  御父を讃美し、み国が来ますようにとこい願う至聖なるみ心に心を合わせ、
  身も心も全くあなたにお捧げいたします。
  この貧しいささげを受け取り、御父の光栄と霊魂の救いのために、
  み旨のままにお使いくださいますように。
  幸いな御母よ、あなたの御子より引き離されることのないよう、
  あなたのものとしてお守りください。 アーメン。

聖書朗読:ルカ22・39 ~ 44
聖歌: 「タントゥム・エルゴ」
聖体降福式の讃美の祈り

第二部:1時45分から、ローマと世界10カ所の聖母巡礼地* を衛星放送で結び、スクリーンを通して同時に世界の人びとと共に過ごす。


1.ナザレ(イスラエル)受胎告知聖堂
2.ルルド(フランス)ルルドの聖母聖堂
3.ヴァイランカニ(インド)健康の聖母聖堂
4.チェンストホヴァ(ポーランド)黒いマドンナ聖堂
5.ナイロビ(ケニア)キリスト信者の助けなる聖母聖堂
6.バヌー(ベルギー)貧しい者の助けなる聖母聖堂
7.秋田(日本)秋田の聖母 聖体奉仕会聖堂
8.ワシントンD.C.アメリカ)汚れなき御やどり聖堂
9.ブエノスアイレス(アルゼンチン)ルハンの聖母聖堂
10.アパレシーダ(ブラジル)アパレシーダの聖堂

ファティマの聖母像が、ローマのOur Lady of Divine Love 聖堂へ到着。 

ローマからの挨拶につづき、世界各巡礼所の紹介。

アゴスト・ヴァリーニ枢機卿様の御挨拶。

フランシスコ教皇様のビデオメッセージを聞く。

インターナショナル・ロザリオ:各巡礼所ごと、前半ロザリオ5粒と後半5粒、間に信仰の証しをする人の話と賛歌が入ってのお祈り。
秋田は、第四玄義(幼子イエズスを神殿に奉献)の前半を担当。

元后あわれみの母(サルベ・レジナ)を歌う。

ルルドの最近の奇跡の証し

モンシニョール ロレンソ・レウィツィーのお別れの挨拶

第三部:5時から、国際ミサ。
讃歌と福音朗読は国際語。
ホミリア:菊池司教様(日本語と英語)
信仰宣言は日本語、二ケア・コンスタンチノープル信条。
閉祭の歌は、「み母マリア」☆
聖体奉仕会の会長と司会者の終わりの挨拶。